0歳からのコンサート

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの「0歳からのコンサート」に行ってきた。残念ながら0歳の息子は水ぼうそうのために自宅待機。”0歳から”だから私一人でもいいよね?というわけで行ってきた。

The 動物園

0歳からのコンサートというわけで、たぶんあちらこちらで奇声が飛び交い子供が走り回りとてもじゃないけど音なんて聞こえないんじゃないか?って思っていたが、そこはちゃんとしたホール。音楽が聞こえないという事はなかった。
ただ、予想したとおりあちらこちらで奇声と泣き声が飛び交ってはいた。全体的な印象としては0歳から5歳くらいまでが大多数で、大体均等に分散していたのではないかな?音楽が聞こえないという事はなかったのだけど、音楽だけに集中するのは難しい環境。やはりここは子供連れで来るのが正解だろうなぁ~と思った。

ロシア民俗音楽

今日のコンサートで演奏したのは「TEREM QUARTET(テレム・カルテット)」というロシアから来た4人組。ロシアの民族楽器を使ってバッハの曲を編曲して演奏していた。編曲のせいか楽器のせいか、個人的な印象としてはずいぶんと楽しく感じた。私のようにクラッシックに関して詳しくない人間が聞くのにはちょうどいいのではないかな~って思っただけにもう少し落ち着いて聞きたくもあった。この日のために編曲した曲もあって、子供達も楽しんだのではないかな?…と思うのは大人の勝手な都合かもしれない。

TEREM QUARTET

ロシアの民族音楽というものがどういうものかは正直わからないけど、ドムラという楽器の奏でる音色がなんだかイスラム音楽ちっくな印象を受けた。
4人が持っていた民族楽器の中で一番目につくのはバス・バラライカという大きな三角形の形をした楽器だ。かなり低音が響いていい感じだった。やっぱり重厚感がある楽器はかっこいいな。それとは別にバラライカって楽器の名前だったのかー!って。どっかで聞いたことあると思ったら漫画だった。
テレムカルテットの”テレム”はロシア語で”良い夢”という意味らしい。おかげで今日は陽気な夢が見られそうだ

テレム・カルテット(ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン アーティスト紹介)
http://www.lfj.jp/lfj_2009/artist/artist_detail.php?id=121

TEREM QUARTET (公式。ただし英語ページは製作中でロシア語のみ?)
http://www.terem-quartet.ru/

ちなみにYouTubeにプロモーションビデオが落ちていた。でも何を言っているのかさっぱりわからない(笑)

D

来年は?

毎年テーマにするアーティストを替えて、格安でクラッシックを身近に感じさせてくれるこのラ・フォル・ジュルネ。来年のテーマは何になるのだろうか?
今年行ってみて、0歳からのコンサートも十分に楽しめることがわかったので来年はぜひ家族で行きたいと考えている。私も少しはクラッシックの知識を身につけて、編曲されている曲とオリジナルとの違いというものがわかるようになればさらに楽しさが増すのかもしれない。
まだ子供が小さいうちは、こういうコンサートだとかに足を運ぶことが難しいのでこれら機会を大事にしていかなければいけませんね。

GWの予定が消えた件

GW真っ只中ですね、皆さんは楽しく過ごしているでしょうか。
こんばんは、かえるです。私のGW予定はあえなくつぶれました

当初の予定

予定では、妻と子供と住宅展示場へ冷やかしに行こうぜー!って場所を調べてイベントを調べていたり、昨年も行った「ラ・フォル・ジュルネ」でやっている「0歳からのクラッシック」コンサートにいったり、あれこれと考えていました。

ラ・フォル・ジュルネ
http://www.lfj.jp/lfj_2009/

ところが。。。
4か月になる息子が水ぼうそうになりました

水ぼうそう

この病気は一度感染していれば障害その免疫は保てるらしいが、非常に感染しやすく、すれ違っただけでも感染してしまうそうな。というわけで医者からは外出禁止令が出てしまっているのです。
誰かは息子の面倒を見ていないといけないので家族で外出というわけにはいかなくなってしまった。
ブツブツが全身に出てしまっていて、ちょっとかわいそうではあるけど、考えようによってはこの歳で水ぼうそうになってしまっておくのは悪くないのかもしれない。どんなにかゆくても、手で掻くことがうまくできないのでひどくなることがない。当の本人もかゆくないのか、平然とした顔で笑っている。かゆかろうがかゆくなかろうが、赤ちゃんの行動パターンは泣いて笑って乳飲んで寝る。実に単純明快だ。
周りに移して歩いたほうがいいのでは?なんて思ったりもするけど、大人でもまだ感染してない人はいるし、そういう場合はひどい状態になってしまうのでやはり家でおとなしくすることにする

というわけで

チケットは無駄になってしまうが、この家で過ごす時間を有効活用できないものかと。
とりあえず、たまっている本を読んだり大掃除を決行したりモンハンやったりと今のところなんとか充実している。今日が3日なので残り三日間。
明日は妻には悪いが、一人でフラフラとお出かけをしてこようと思っている。家族で行くことはできなくなってしまったが、ラ・フォル・ジュルネだ。
今のところ、悲しい事に私はクラッシックコンサートで最後まで起きていたためしがない。
クラッシックコンサートどころかミュージカルでも寝てしまっているので芸能関係はほぼ全滅なのではないだろうか?
明日はそんな事がないように、しっかりとクラッシックの良さを味わう事が出来れば…と思っている。

まぁ・・・・雰囲気だけでも…

モンハンやろーぜ!

ずっとモンハンが気になっていた。発売以来ずっと人気が続いているように見える。そんなに面白いのだろうか?ううう、気になる気になる!

って叫んでいたら友人が「PSP余ってるから貸してあげるよ」って貸してくれた!”余っている”って表現が気になったら嫁さんと二人、さらに弟の分と3台所持しているとか。どんだけやりこんでいるんだ!でもナイスだ!
というわけでPSPに触ったこともなかった私だけどモンハンをやり始めた。
もともとはゲーム大好きっ子な私だけど、最近はまとまった時間を取れなくてWiiとか購入してみたけれども全く手をつけてない状況だった。なので、PSPやモンハンも同じようになるのではないかと思い、購入まで踏み切れなかったのだ。

はまった

とりあえず、時々時間を見てやっている。そして久しぶりに結構頑張ってやっている。
まずい、明らかに本を読むペースがゲームをやる時間に奪われている。なので、週の何日かはPSP禁止デーを設けて強制的に本を読む日を作ってはいる。
唯一の救い(?)なのは周りに熱烈にモンハンやっている人間がいないことだろう。通信接続によって狩り始めたらたぶん楽しくなってさらにやるペースが上がっていくのではないだろうか。おそろしやーおそろしやー。
もっとも、貸してきた友人がネット経由で接続して狩ろうぜ~って誘ってきているので私の防衛線がどこまで通用するのか。はなはだ疑問である

気軽にできるのがいいね

ゲームが元々好きなのにもかかわらず、数々のゲームを放置してしまっているのはやはり時間をとる事が出来ない事にある。以前はラグナロクオンラインをかなりの時間費やしてプレイしていたが、最終的に

  1. オンラインゲーム特有のラグがひどい
  2. 決まった時間を拘束される
  3. レベル上げがめんどくさい
  4. オンラインなのでほかの人と時間が合わないと暇になる
  5. 大学生の暇さ加減にはどう考えても勝てない(レベル差がつく)

という形になってしまった。それでも続けてはいたのだが、決まった時間を拘束されてしまうのは色々と家庭事情があいまって問題。というわけでやるのをやめてしまった。ラグのひどさに嫌気がさしたのも否定できない。
その点Wiiなどは楽なんだけど、結局まとまった時間がないとなかなかできないし、場所が固定されてしまうのがいまいちだ。

その点、PSPは持ち運びが楽なのと、時間を細切れに活用できるのがいい。ちょっと手を離したいときには電源を落とせば自動的にセーブされてまた続きができる。かなり楽だ。モンハンしかやってないからわからないけど、他のゲームでもそうなのかな?遊んでいる感じ的にはPSPの仕組みっぽい気がしないでもないが。
また、モンハンには”レベル”がなく、武器と純粋な立ち回りが重要視される。これも結局のところ時間をかけて訓練するたぐいのものではあるけど、あまり絶対的な差はつかないような気がする。もちろんスペシャリストはいるのだろうけど。
いわゆる”レアアイテム”に近い位置づけのアイテムを手に入れようとすると必然的に時間をかけることにはなるのだけど、今のところ楽しく続けることができている。それがいいことなのか悪いことなのか。。。

嫁にあきれられないようにほどほどにします。
あ、もう手遅れかも

IE8ついにリリースへ

ついにIE8がリリースされるらしい

マイクロソフト、ついにIE8をリリースへ
http://japan.zdnet.com/news/software/story/0,2000056195,20390215,00.htm?ref=rss

ラスベガスで行われているMixに合わせてきたんですね。βが出てから約1年。意外と時間がかかりました。JavaScriptの高速化が図られているので少し楽しみな反面、いつも通りMicrosoftのリリースは恐怖です。
それにしてもβをじっくり時間をかけてテストする事が出来たのはいいのですが、リリース予定が全然発表されないというのはどういう事なのだろうか。1年も前にβが出ているものを、直前までリリース予定を内緒にしておいたところで対してインパクトがあるとは思えないのだけど。。。そんなことよりよっぽど事前にリリース日を告知しておいてくれたほうがユーザーのためになると思うのは私だけでしょうか。
以前聞いた話によると、Microsoftでは社内でも突然知らされてないことが本国(アメリカ)の担当者ブログに書かれて混乱した事があるような話がありました。それはその担当の方が知らなかっただけなのかもしれないけど、色々なところで”サプライズ”を求めているのだろうか?
リリースされたものがいまいち動かない”サプライズ”は数多く体験しているのでそろそろ落ち着いてほしいと強く思う今日この頃。いかがお過ごしでしょうか。

視覚マーケティングのススメ

ウジトモコさん著、視覚マーケティングのススメを読んだ

視覚マーケティングのススメ (アスカビジネス)
ウジ トモコ
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視覚マーケティングとは

「デザイン」というものを考える上で、ただ単にデザイナーに”いいものお願い”って頼むのではなく、マーケティングをすることで、効果的なデザインが出来上がる。マーケティングをせずに作ったデザインはマーケット上での効果は期待できないという考え方だ。

言ってしまうと、当たり前の話なんだけど、その当たり前のことを細部にまでできているかというとなかなか難しいことだ。一般に、製品を企画する段階では間違いなくターゲットとなるユーザーを設定するだろう。そのターゲットは年代に寄るものかもしれないし業界・業態によるものなのかもしれない。必然的に製品のパッケージや広告・キャッチコピーに関してもそれを意識したものが考えられる。
また、企業のロゴになると自分たちが顧客・ユーザーに”どう思われたいか”を意識して考えられるだろう。
ただ、それが本当にできているのだろうか?製品やサービスの細部。個々のパーツにまで落とし込めているだろうか?

意識されているもの、されてないもの

おそらく、パッケージや広告が表に出てきやすいもの。お菓子や化粧品に代表されるようなものに関してはこのいわゆる”視覚マーケティング”はできているのだろう。化粧品みたいなものは明らかに年代を意識して製品を作っている部分もあるので特に意識されているのではないかと思う。
ただ、ソフトウェアの分野はどうだろう。もちろん意識しているソフトウェアもあるだろうけど、明らかに”機能重視”でデザインに関してはおざなりに済ましてしまっている部分はある。特に基幹系のシステムに関してはその色は強いのではないだろうか。
もちろん、これらのソフトウェアに関しては機能は第1に重要視されるものだと思う。ただ、複数ある基幹システムの候補からどれが選ばれるか。ユーザーの立場で”どれを使いたいか”を考えてみるとその要素の一つにデザインがあってもおかしくないと思う。また、そういう意味で”ファン”を作った製品はエンドユーザーからは根強く支持されたりもする。つまり、デザインによるブランディングができているのだろう。
また、個人のブランド。パーソナルブランディングに関しても意識の差は大きいように感じられる。本書でもその具体例として名刺が取り上げられているところからもそれは感じられる。
最近、セミナーや勉強会に顔を出すようになって様々な方と名刺を交換する機会をいただいている。私は個人名刺を所有していないので会社のを使っているのだが、多くの人は個人名刺を持参している。自分自身をどう見られたいか。どういう人間だと印象付けたいのか。この名刺の目的は何か。考えられた名刺もあるしまずは作ってみたというものもある。私自身、個人名刺に関してはほしいと思っているので、どう思われたいのか?どう表現するのかは大きな課題の一つだ。まずはそこを見つけ出さないことにはデザインも始まらない。

ソフトウェアのデザイン

私はソフト屋なのでどうしてもソフトウェアにあてはめて考えてしまうのだが…
ソフトウェアの分野。先にあげた基幹系システムに関して言うと確かにデザインはいい加減なものが多い気がする。いや、実は結構頑張っていたりもするソフトもあるのだろうけど、VBフォームの延長線をいまだにたどっているソフトも割りと残っていたりする。
シンプルな作りなのがいいという業界もあるだろうし、スタイリッシュな物が好まれる業界もあるだろう。ただ、私自身が最近必要と思っているのは、要するに”スタイル”的なデザインではなく”ナビゲーション”を意識したデザインというものだ。これのいい方法が思いつかない。そういう事が得意なデザイナーもいるんだろうけど…、業界やユーザー層に踏み込んでまで考えられる人は少ないように思う。あ、それは発注側の担当ですか。
以前ペルソナを用いる手法に関する本を読んだ

ペルソナ作って、それからどうするの? ユーザー中心デザインで作るWebサイト
棚橋 弘季
ソフトバンククリエイティブ
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まだペルソナに関しては試行錯誤段階で効果は不明だけど、実際に作ってみたペルソナが本当にあっているのかというのはわからない話。結局ウジさんの本にあるようにユーザーへの聞き取りのようなことをしなければいけないのだろう。
試行錯誤。試行錯誤の日々は続く

気がつくと3月も半ば

日々の忙しさにバタバタしていたらもう3月も半ば。なんだかあっという間です。
ようやく子供のいる毎日に慣れてきてはいるのですが、落ち着く日はなかなかないです。この先数年はないのかもしれませんが。。。

あと少しすれば会社にもフレッシュな人材がやってくるのですね。すっかり忘れていました。と言っても、実際に現場に彼らがやってくるのは研修後なのでまだまだ先なのですけどね。
さてはて、来年度はどうなるのか。がっかりさせないような迎え方を考えたいですね。

農業で1000万円!

先日、書店で面白いタイトルを見つけ思わず購入。

週2日だけ働いて 農業で1000万円稼ぐ法
堀口 博行
ダイヤモンド社
売り上げランキング: 2095

最近は”就農”なんて言葉まで出てきている。農業に対するイメージだとか考え方というのはだいぶ変わってきているのではないか?
私も実家は畑に囲まれているような場所なのでちょっとのんびりとした田舎暮らしも嫌いじゃないぞ!って事で楽しみにしていた。ほとんどジャケ買いである

前提条件がいろいろとある

本書では週末のみの就業で年商1000万円という事をうたっているのだが、前提条件として

  1. 妻は専業主婦(基本的に手伝い)
  2. 親も手伝ってくれる
  3. 何よりも田舎。結構田舎。っていうか北海道

という事がある。実際に著者はそれだけの年収を得ているのだろうから不可能ではないとは思うが、他の人に適用できるかというとかなり限定されるのではないだろうか。
お手伝いに関してはアルバイトという手は確かにあるのかもしれない。ただ、注目が集まっているとはいえ農業のアルバイトがどれくらいいるだろうか。。。
そしてやはり問題なのが場所。
この条件が整って、なおかつ会社勤めが続けられる場所というのは…。また、要所要所で北海道特有の発言が見られている。もう少し一般性を加えて出版するべきではないかと思う。
もしくは、売る場所を考えるか。

ちなみに千葉ではどうなの?って妻に聞いてみた(ちなみに妻はどちらかというと、農業指導を生業としている。普及員の資格も持っていたりする)。

かえる「どっかこのあたりで農地余ってない?」
妻「ない。っていうか、あったとしても果樹」
かえる「え」

結局、場所によって作っているものは違うわけで、都合よく自分が作りたいものを作る事が出来る畑を手に入れることができるのかはわからない。

何か得るものはあるのか?

ない
色々考えたがない
・・・
うーん。私はあまりお勧めはできないかな。。。。

ドラッカー名著集1 経営者の条件

ドラッカー名著集1 経営者の条件を読んだ

ドラッカー名著集1 経営者の条件
P.F.ドラッカー
ダイヤモンド社
売り上げランキング: 772

ずっと気になっていながらも読んでなかった本書。
ようやく手に取ってみたけど…ううむ、やはりドラッカーは濃いな

本書のタイトルは”経営者の条件”としているが、本書は経営者のみを対象とした内容ではない。本書の対象読者は”経営者”ではなく”エグゼクティブ”と書かれ、

本書は、トップが行っていることや行うべきことについて述べたものではない。知識労働者として自らの組織の業績に貢献すべく行動し、意思決定を行う責任を持つあらゆる人たちのために書いたものである。すなわち私がエグゼクティブと名付ける人たち全てのために書いたものである。(P.27)

とある。ここでいう”意思決定”を行う人というのは、肉体労働ではなく知識労働をするものであれば、かなりの確率で当てはまるのではないだろうか。そう考えると、かなり広範囲の人に対して書かれたものであることがわかる。
つまり本書の中でも触れられているが、成果をあげるエグゼクティブの能力。これは決して天性のものではなく考え方や習慣。そして修練によって身につけることができるというものだ。

貢献する

ドラッカーの著作にはたびたび”貢献”という言葉が出てくる。もちろん本書も例外ではない。
本書は全7章から構成されているが、一貫して言われているのが「エグゼクティブは貢献に焦点を合わせ、成果をあげなければいけない」という事だ。

そのためには時間を管理しなければいけない
そのためには人の強みを生かすマネジメントをしなければいけない
そのためには問題ではなく機会に目を向けなければいけない
そのためには集中して物事に取り組まなければいけない
そのための意思決定をしなければいけない

仕事を完了させることを目的にしてしまい、その本来の成果や貢献というものが今の仕事の完了で得ることができるのか?そもそも、その仕事というのは本当に必要な仕事なのか?
まだまだ考えることは多いです

組織の中か、組織を作るか。はたまた仕組みか?

ドラッカーが考えているのは”組織”としての考え方。”組織”そのものやその組織の中でいかに貢献する事が出来るのかに焦点が当てられている。この場合、貢献する対象は様々で、上司や部下であるかもしれないし社外や社会そのものなのかもしれない。
社会に対する貢献や組織内での貢献に関して、自分自身の思いや考えというものが受け入れられるとは限らない。その場合に起業という選択肢を選び、組織そのものを作り上げる方向になるのだろう。
対して先日の仕組みセミナー(id:krote:20090307)で考えられていた出発点は、どうすれば”組織”というものに縛られずに生活をすることができるのかを考え、それを”仕組み”という形で実現していた。

出発点や発想の異なる三者が入り混じって最初考えてしまったので頭がゴチャゴチャしてしまっていた。結局のところ、何が正しいのか。”正解”なんてあるわけじゃないのにね。
今の組織の中で上を目指すのか。それとも組織を起こすのか。組織からの脱却を考えるのか。
それぞれの選択肢があっていいとは思う。今、自分自身が真っ先に思いつくことは組織の中で上を目指すことだ。だがしかし、必ずしも今の組織が満点というわけではない。たぶん不満を挙げればきりがないんだろうけどそこからは何も得ることはできないだろう。
それならば本書にあるように、成果を出し、目指すべき組織にしていかなければいけない。本当の意味で”エグゼクティブ”になれるかどうか。”貢献”に焦点をあてた考え方を身に付け、自分を。そして組織を変えていかなければいけない

仮想化への道

今月の日経SYSTEMSに富士フィルムで行われた基幹システムの仮想化に対する取り組みが紹介されていた。

仮想化そのものは大変有用で、私も検証環境や社内での客先環境を模すのに良く使用している。実機を使用しなくてよいというこの利点にはかなり恩恵を受けている。なかったらと思うとちょっと怖いくらいだ。
ただ、富士フィルムの例でみられるように実際の基幹システムに仮想化を取り入れるには実のところ、未だに多くの問題を抱えている。
私が感じる一番の問題は、アプリケーションのサポートだと考えている。これは私自身がアプリケーションを作成するベンダーの立場であり利用する立場でもあるからだとは思う。

アプリケーションのサポート

私が仕事で主に使用しているデータベースはOracleなのだが、Oracleは仮想化上での動作をOracleVM以外ではサポートしていない。実際のところ、VMWareやVirtualPC。Hyper-Vでも動いてはいるのだけど、障害時を考えると少し怖いものだ。Oracleも決してバグの少ない製品とはいえない事はこれまでも身をもって知っているし。
いくつかのアプリケーションベンダーの仮想化に対する対応はマチマチ。いくつか細かい違いはあるようだけど

  1. 物理環境で再現出来たらサポートします
  2. 仮想環境が原因だったらサポートしません

という2種類が多いように思える。字面の問題のように見えるが、前者はユーザー側で確認をするのに対して後者はベンダー側で確認をするというスタイルだ。
比較的容易にインストールさせる事が可能なソフトウェアであれば前者で問題ないだろうが、大規模なシステムであった場合にはそもそもインストールが困難なので後者が選ばれると思う。ただ、ここで問題になるのがベンダー側の対応。サポートの仕方はベンダーで異なるだろうが、おおむね

  1. 現象の再現確認
  2. 再現結果からの調査・修正等の対応
  3. アナウンス

のような流れになると思う。ここで問題になるのが、ベンダー側の環境で再現しなかった場合にそれが”本当に仮想化が原因”かどうかの判断をどうつけるのかではないだろうか。実際のところ、物理環境であっても現象によっては必ず再現するとは限らなく、いくつか複数の要因が重なって初めて発現する問題もある。また、仮想化が原因であるというのであれば、ベンダー側で仮想化環境を構築して検証を行う必要が出てくる。
となると、ベンダー側はユーザー側が使用している仮想化ソフトに対しての知識や、環境を用意しておく必要が出てくる事になってしまう。サポート部隊の涙目が見えてきそうな話だ。おそらく、そもそもの仮想化ソフトを限定しているのかもしれないが…。実際のところ、どうなのだろうか。気になるところだ。

ちなみにWindowsは以下の仮想化環境でサポートをしているようだ

  1. Cisco WAAS Virtual Blades 4.1
  2. Citrix XenServer 5 Embedded Edition
  3. SUSE Linux Enterprise Server 10 SP2
  4. VMWare ESX 3.5 Update 2
  5. VMWare ESX 3.5 Update 3
  6. VMWare ESXi 3.5 Update 3
  7. Xen Server 5

http://www.windowsservercatalog.com/svvp.aspx?svvppage=svvpsupport.htm

上記一覧にOracleVMがまだ入ってない事を考えるとWindows+Oracleの環境で公式のサポートを得る事は難しいという事か。いずれにしても、綱渡りである事に変わりはない。

<2009.03.07追記>
コメントに情報をいただいていますが、OracleはWindows,Linux以外の環境ではサポートを表明しているようです。
http://www.oracle.com/technology/products/database/clustering/certify/db_virtualization_support.pdf
HP-UXやAIXは正直私は触ったことがないです。Solarisくらいかな・・・。Oracleの利用目的から考えるとこれらを選択肢に入れるのはいいかもしれませんね。私はその前にこれらOSの知識を手に入れないと不安でしょうがないですが…。
でも、たとえばHPのnParそのものはWindowsやLinuxもサポートしているのになぜHP-UXのみに限定しているのか。そしてOracleVMではそのWindowsやLinuxをサポートしているのか。
このあたりは企業戦略が見え隠れしているような気がしなくもないですねぇ。純粋に信用していないだけなのかもしれませんが。

ではどうするのか

さて、困った。どうしたものか。
仮想化環境を提供しているベンダー。VMWareやMicrosoft。Oracleもまたそうなのだが、これらの中でどこかが明確な方針を出してくれれば少しは動きやすいとは思うのだけれど、現在のところ主だった動きはないように思う。サポートの手厚さでは24時間サポートを打ち出しているOracleVMが手厚そうと言えば手厚そうだ。
シェアで言うと先行していたVMWareが大きいのではないかと思う。
いずれにしてもベンダーがいくつかのアプリケーションベンダーを巻き込んでサポート体制の新しい枠組みを作っていかなければいけないのではないかと考えている。望むならば申し出のあったアプリケーションベンダーに対して仮想化環境を提供。検証するための枠組みを作っていって欲しいと考えている。
もちろん、星の数ほどあるアプリケーションベンダーそれぞれに対してそのような事が可能かどうかというと、無理があるのかもしれない。かといって仮想化に対するユーザーのニーズというものはこれからも増え続けて行くわけで何かしらの対応をとっていかなければいけないだろう。

基幹システムにパッケージの適用は?

ZDNetに日本でSaaSが普及しない理由として、各企業内での独自システムに関して記事が載っていた

日本でSaaSが普及しない理由
http://japan.zdnet.com/sp/feature/enterprise-trend/story/0,3800089971,20389127,00.htm?ref=rss

記事を読んでいると、SaaSが普及しない理由というよりは基幹システムをパッケージソフトウェアに一新する事の難しさに対する理由が書かれているように感じた。

独自のシステム

記事にもあるとおり、日本の企業。特に中小~中企業では自社システムを手組で作っている場合が多い。
欧米で主流となるトップダウンな効率化と違って、日本では効率化の手段を現場主導で行う場合が多い。そうなると、どうしてもこの記事の中にあるとおり”その企業内での最適化”という形になってしまう。ましてや終身雇用が約束された時代に作られたシステム。業界内のシステムがどうであれ、あまり関係のない話だ。そして現場手動で作り上げた”その企業にとってかゆい所に手が届く”システムだけに現場が現行システムに対して思い入れを持っている場合も少なくない。
パッケージソフトウェアのビジネスは、基本的には業界で一般的であろうモデルで作られたパッケージソフトに対し、社内の業務を改革して適応させていく形が望ましいと私は考えている。パッケージに含まれる機能が不十分であるのであれば別ではあるが。
ただ、実際の導入事例を見ているとそのほとんどがアドオン等のカスタマイズ開発を要している。企業独自の付加価値を見出すような機能を追加しているのも多いが、そもそもパッケージの原形をとどめていないくらいのカスタマイズが入る案件も中にはある。この場合、パッケージ費用よりもカスタマイズ費用のほうが多くなり、なぜこのパッケージを選定したのか疑問が出てくるくらいだ。
この一つの要因が、現行システムの存在だ。カスタマイズを、”現行システムでこう動いているから”という理由だけで行っている場合もあれば、現行システムの全容を把握していないがために、あとから追加の機能に気付き、追加カスタマイズを要する場合もある。なかなか難しいものだ。なにせ導入企業自身が、自分の欲しい機能(現行システムが保持している機能)を知らないのだから。

決して個別企業における最適化が間違いだとは思わない。事実、それによって力をつけてきた企業は日本には多いと思う。経営のスタイルとして現場手動での最適化を目指すのであれば、結局のところ現状のようにカスタマイズ前提の基幹システムは続くのだろう。逆にトップダウンで動くのが主流になるのであればパッケージに適応させるような現場の改革が行われることになる。
それ抜きにSaaSへの移行は難しいのではないだろうか

所有する事への安心感

仮にパッケージを受け入れたとしてもSaaSに踏み切りづらい理由の一つに、システムを外部に置くことに対しての危機感があると思う。企業にとっての生命線ともなるべき財務や顧客の情報を社外に持つことそのものに対する恐怖感があるのだろう。
ただでさえ個人情報保護法等が施行されたり情報流出、内部統制だの言われている中でこの問題にどう対応をするのか。そういう懸念を抱く層が多いのだと思う。たぶん、手元に持っておきたいのだろう。気持ちはわかる。

これに対してはSaaSプロバイダー側がある程度の保障や、障害児の対策を明確に提示する必要があるだろう。セキュリティ等は確かに懸念される点ではあるかもしれないが、普通に考えると自社に持つよりも”場所”としてのセキュリティはしっかりしている可能性が高いのではないだろうか。また、自社でデータセンター並みのセキュリティを整備しようとすると初期コストだけでなく維持にもかなりのコストがかかるはずだ。
以前、企業内におけるITに対するコストのそのほとんどが、現状システムの保守に対して割り当てられているという調査結果を見たことがある(確かMicrosoftのカンファレンスか何かだったと思うがうろ覚え)。自社で運用するという事はそれ相応の保守のためのコストもかかる事を忘れてはいけない。コストのほとんどが現状維持のために使われている状態は決していい状態とは思えない。
経営資源の有効活用という意味でも一考の価値があると思われる

日本でのSaaS

全ての企業において基幹システムがSaaS形態になるかというとそんなことはないと思う。
現在、日本で出始めているのはCRMや営業支援関連のパッケージがSaaS形態で提供されているように見える。これから少しずつ他のシステムにも波及していくのだろう。アプリケーションを提供しているベンダーもSaaS対応を考慮しているが、オンプレミス環境でのシステム提供がなくなるわけではない。そうなると、比較的乗り換えが容易なSaaS形態で複数のシステムを試し、決定した段階で自社保有するような形をとる場合なども出てくるのかもしれない。
いずれにしても各パッケージベンダーがどういう対応を取ってくるのか。今後が楽しみではある