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あけましておめでとうございます

タイトルのとおりですね。
あけましておめでとうございます。

本来であれば、2022年の振り返りをしたかったところなのですが、なんだかんだサボってしまっているうちに年が明けてしまいました。
皆さんは年末年始どうお過ごしでしたでしょうか

実家での過ごし方

私は年末年始は毎年、愛知の実家に帰って母に孫を見せるというよくありがちな親孝行をしています。
今年は、年末年始もランニングしようと思って走る準備はしていたものの、初詣をしたり

子供たちと凧揚げをしたりと、家族サービスに終始していました。

実家に帰ると、動かずとも、これでもか!というくらいご飯が出てくるのでどうしても体重が増えてしまいます。
そして、夜も早く寝ることになり、睡眠時間が普段の1.5倍位伸びてます
そういう意味では、よく食べ、よく寝るという普段はおざなりにしている本来の健康的生活を営めているということで、いい休日を過ごすことができたと言えるでしょう。

2023年抱負

新年ということで、新年の抱負をぶちあげることができればカッコいいところです。

昨年からランニングに本格的に取り組み始めています。
こちらに関しては、すでにいくつかの大会にエントリーしていることもあり、長く続けていきたい趣味として確立しつつあると思います。
一方で、1月から仕事の現場が客先常駐となるので、平日のトレーニングが厳しくなります。この状況下でどういう形で走る時間を作っていくのか。
いくつかのチャレンジが待っていそうです。

仕事に関しては、新しい現場での新しいチャレンジとなります。
新しいことに取り組むということは刺激になって本来良いこと。結果としていい結果を残すことができるかは自分の動き次第なところではあるのでその点に関してはよく考えて動いて行きたい。

一方で、今の仕事の形というものをこの先もずっと続けていくことに関しては疑問を感じているのも事実。
何かしら、次の柱を考えていかなければ行けないと考えています。
昨年、NFTやDe-Fiを含めたWeb3周りの技術に関してもいくつか手を出した。
Pythonを中心としたAI周り。
Rustを用いたバックエンドの潮流などなど、少しずつ触って入るものの身になったり何かを作り上げたりということはできていません。

今年はそれらに対して何かしらの答えを出すことができないだろうか?と考えています。
将来的な話で考えるのであれば、先に上げた3本はどれも可能性が広がっていると考えています。

どれも単独なものではなく、関係しあっている領域もあり、また新しい技術も出てくる可能性があるでしょう。

アウトプット量を増やしていく

どれにも共通することとしては、アウトプットの量を増やしていく必要性です。

ほんと、いい加減な性格なのでどうしても面倒くさがって毎日更新とかは流石に現実的ではないかな?と思いますが、しっかりアウトプットをしていく。
そして、しっかりアウトプットするためにもしっかりとしたインプットをしていくことを心がけていく必要があります。

では、これまでなんでそれができてこなかったのか?ということなんですが、結局は時間の使い方なんでしょうね。

何に自分がどれくらい時間を使っているのか

その時間をそこに費やすということは、自分自身としてどうなのか?

しっかりと考えて行動していきたいところです。

力を抜くところは抜き、力を入れるところは入れていく。
もういい加減、いい大人なんだからしっかりと生きていかないと。

そんなこんなで、今年一年、改めてよろしくお願いします

いつももうダメだと思っている

基本的に私はネガティブである

仕事をしていても、ずっと考えてしまう

  • 何もうまいこといかんな
  • 何度同じこと繰り返しているんだ
  • 結局何もわかっていないということじゃないか
  • 口ではなんだかんだ言うけど、全然手を動かせていないじゃないか
  • 対して何も身に着けてないな
  • 頭悪すぎ

別に鬱になるとかそういうわけではないんだけど、定期的にものすごくやる気が落ちていろいろなことに手がつかなくなる時が来る

手がつかなくなるから、いろいろなことを取りこぼして、更に状況は悪くなっていくんですよね。

モチベーションの源泉なんてものがあるわけではなく、動いた結果、それがモチベーションとなるなんて偉い人は言うものなんだが、そうは言っても、それで動くことが出来るのであればそんな悩みはないわけだ。

しかも、明確な理由がある場合はまだいいのだが、明確な理由がなく落ち込む時があって、それは本当にたちが悪い。
おそらく、溜め込んだものがふとしたきっかけであふれているのかもしれない。

不安やいらだち、怒り、そういったネガティブな感情への対処は人それぞれで、マンガを読んだりアニメを見たり、そうやって気分転換を図ることで気が紛れることもある。

ただ根本的には解決しないので繰り返すことになってしまう。

よくあるのは、それら、感覚的なものを言語化してみてそれに向き合うという手法だ。

ただ、向き合うにしても、それらに対してどう向き合うかを間違えると、負のスパイラルに陥りそうだ。

頭が悪いなって思う事象にぶち当たったとして、じゃーどうすんだよーって話だ

もういい歳なのに、未だにこんなふうに思っちゃうところは、ちょっと情けなくも感じるが、世の40代は皆さん元気にやってるのだろうか、と思ってしまう今日このごろである

あーもうだめだー

乾いているか

先週はちょっとイマイチな一週間だったなぁとシミジミと思ったわけです。

前週まで、仕事が忙しくてちょっと疲れが溜まっていたところではあったのですが、先週は打って変わって余裕があったわけです。
余裕があった割に、なにか、前に進めることができた気がしていない。
なんだか無駄に過ごしてしまったなぁ、と感じたわけです。

では、その前の週までの忙しい毎日はどうだったのかと言われると、忙しかったには忙しかったのですが、前に進んだのか?に関しては非常に疑問が残る感じがします。

結局のところ、忙しい日々を過ごしていたとしても、それが前に進むことができているかと言うと、必ずしもそうではない。
無駄かと言われると無駄でもないんだけど、結果がついてきていない状態とも言える。

乾き

では、何が出来るとこの、「無駄に過ごしてしまったなぁ」という感覚が無くなるのか。
どういう状態が自分にとって「充実した日々」足り得るのか?ということに関しては、非常に悩ましいテーマだといつも思うわけです。

将来の目標だとか、達成すべきゴールだとか

わかりやすいそう言ったものを持つことができればそれに向かって動くことは出来る。
そういった、一種の「乾き」のような「飢え」のような。そう言った気持ちがずいぶんと薄れてしまっているように感じる。

社会的な成功を考えるのであれば出世だったり給与アップだったりするものなのだろう
技術者として考えるのであれば、世界的なカンファレンスに登壇したり、OSSへのコントリビュートなどになるのかもしれない

後輩には偉そうなことを言っておいて、自分自身としてはそういったことに対しての強い憧れみたいなものはなく、まるで諦めてしまっているのではないだろうか?と、自分で自分を疑いたくもなる

つまらない

それでも、まだ現状を「つまらない」と思えている。

現状に対して「満足している」となると、それはそれでゴールなわけで、そこからの成長というものは、自発的には難しいのではないかと思う。

もちろん「つまらない」と言っているだけでは何も変わるわけもないのだから、自分の行動を変えていく必要があるんだよな。

という、当たり前の結論に毎度のこと行き着くわけで、詰まるところは成長できていない気がするわけだ。

今週のわたしはちょっと違うぞ!?と、言えるように頑張ろう

ワクワクすることを大切にしたい

なかなか、ブログを継続させるというのは難しいですね、と常日頃から感じています。
継続は力なりという言葉は好きな言葉ではありますが、自分が継続できる人間なのかどうかは別問題です。

継続できていないのはなぜなのか?ということを、上の文章を書きながらふと考えました。

結局のところ、ブログを書くこと。
もしくは、ブログを書いたことで伝えたいと思うようなことが少ないのではないだろうか?
と。

一昨年ぐらいから、このブログでも何度か紹介してるVoicyという音声メディアを愛用するようになりました。

Voicy
https://voicy.jp/

いくつかのパーソナリティの方々をフォローしていますが、その中に「イケハヤ」さんがいます。
しゃべり口調が早口で、結構毒舌というか、歯に衣着せぬ物言いをするのでこれまであまり積極的に文章や記事を見てこなかったのですが、Voicyフェスで改めて拝聴してからリスナーになりました。

言ってる内容や、言い方に関してはどうしても好き嫌いわかれるだろうなぁと思いながらも、毎日これだけの分量を実行し続ける。
そして、とても楽しそうであるんですよね。そこが本当に素晴らしいと日々思っています。

楽しそうというのはすごい大事なことで、やっぱり「あぁ、ブログ最近書いてないな、書かないとな」というメンタルで書くものではないだろうと。

2021年は色々なことをやってみたり、これまでやってこなかったことに手を出してみたと思っています。
一方で、どちらかというとインプットが主体になっていて十分なアウトプットができていない年でもあったかな、と。

今、自分はこれだけワクワクしていろいろなことにチャレンジしているんだぜ!ってことをみんなに伝えたい!
そんなモチベーションを持った毎日を過ごせるよう2022年は過ごしていくことにした。

以上。解散

2022年始動

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

年末年始はいかがお過ごしでしたでしょうか。
私はというと、年末こそ慌ただしく動いていましたが、お正月は実家の愛知に帰省して久しぶりに完全なる寝正月。

例年ですと、初日の出を見に行ったり、実家の周りを散歩したりと多少なりとも動くものですが、
今年はご存じの通り寒波がやってきていることもあって何もやる気が出ない。
東北や北陸と違い、雪が降っているわけでもありませんでしたが、それでも体感として寒いものは寒いのです。
風もビュンビュン吹いているのです。

というわけで、家族総出でコタツに入って、普段見るわけでもないお笑い番組を見て寝っ転がり、
気が付けばコタツでウトウトしながら日付をまたぐなんてことをしてしまいました。

そんな寝正月を過ごしていましたが、早いもので明日は仕事はじめ。
いや、正直全然そんな気がしないのですけどね。

昨年できたこと、できなかったこと。振り返ってみると、いろいろあるなぁ、と。
もっと色々とできたのではないか?と思ってしまうのが正直なところですね。

なかなか一つのことに集中するということができない自分の性格も相まって、ふらふらしつつも、新しいことへの挑戦というのを忘れないように日々過ごす。
何か新しい挑戦につながるような事を今日はできたのだろうか?と問いかけ続けて1年を過ごすことができればと思います。

更新のおぼつかないブログではございますが、今年もよろしくお願いします。

何が自分を貶めているのか

今日はどうもイマイチな一日だった

朝っぱらからどうも調子が出ない。頭が重い気がしていた。
考えてみると、先週は休みが多く、24日も有休を取得したこともあって仕事自体が久々な感じがないわけでもない。
ただ、それにしても頭が重いし気分が晴れない。それでいてやらなければいけないことはてんこ盛りなので困ったものだ。やる気が出ないのは困る

結構好きなお仕事系漫画で「左利きのエレン」という作品があり、その中の一コマでこんなセリフがある

「クソみたいな日にいいもんつくるのがプロだ」

正確には「クソみたいな日であっても」というところなんだろうけど、お金をもらって仕事をしている以上、プロであり、結果を出していくのが求められていく。
モチベーションや気分に左右されたとしても結果をだせるようにするためにも、ただ頑張るのではなく考える必要がある

なぜなのか

どちらかというと、こういった気分にその日のパフォーマンスが左右されてしまうという人間なので、仕事に向かうのに頭が重い・痛いというのは忙しいタイミングでは非常に困ったものだ。
しっかりと、何が原因なのかを解決させなければいけない

不安

そう、不安なのである。
今自分が任されている仕事というのは、非常に土地勘の薄い領域で調べながらやっているのだが、専門性があるところなので非常にわからないことが多い。
そのわからないことが多い中でも、ある程度のあたりをつけて実行する必要がある。
なんとももどかしい状態が続く。そして締め切りは容赦なく近づいてくる。

そうなると、本当にこれでいいのだろうか?という不安に駆られてしまう。もしかしたら、そういうことがこの頭の重さ・痛みの原因なのかもしれない。

であるならば、自分に専門的知識が乏しい領域であっても、考え方としては応用が利くはずなので、何が分かっていて何が分かっていないのか。
わかっていない領域に関してのリスクはどう考えるのか?に関して論理的に考えていけばいいのではないだろうか。
この辺りは、いつもよくわからないや~ってなってしまって後で後悔するパターンなので、今日はもう遅いが明日から生かせるようにしなければ。

とはいえ、ここまで頭が重いというのも久しぶりな気がするな・・・って思い、ふと熱を測ってみたら微熱があった。

純粋に体調が悪いだけなのかもしれない。。。

気が付けば44

今年の9/24は休みを取れば連休となるため、お休みをいただいている人も多いのではないかと思います。
私は、9/22にワクチン接種(2回目)を実施したということもあるのと、休暇が溜まっていたということもあってお休み。もちろん、誕生日ということもありますが。

気が付けば、44です。

“もう44″と考えるのか、”まだ44″と考えるのか?ということに関して自分はどう考えるのか?というと、正直”どちらでもない”というところです。
良くも悪くも、〇歳までに~を達成するぞ!的な人生の目標があるわけではないので、それを考えると、”もう”とか”まだ”とかいう比較対象を強く感じないわけですね。

ただ、この40台中盤というのは言ってしまうと、定年まで働くと仮定した場合は社会人人生では半分に近い時期となります。
私が定年を迎えるころには定年が70歳とかそれ以上になっている可能性もないわけではないですが、少なくともあと20年くらいは働くことになる。

なんだか20年も働かないといけないのか~という心配よりも、20年も現役で働いていられるのだろうか?のほうが心配になる今日この頃です。
ここの所は特に、それを実感することが多く、自分の力不足から、本当にこのままでやっていけるのだろうか?と思わざるを得ない。

1年、また1年としっかりとバージョンアップしていかないと、働きたくても働けない。役に立ちたくてもただのお荷物となってしまう。
そういう意味で、環境を変えながらでも色々と取り組んでいかなければいけないと強く感じる今日この頃であります。

頑張るぞ

3月振り返り

明日から4月。
多くの会社や学校では新年度が始まり、私が勤めている会社でも数名の新入社員が入ってくることになっています。
ちょっと会社としては、期の始まりがずれているため新年度ではないのですが、やはり4月というのは日本で生活をしている人間にとっては一つの節目として感慨深くもなるものですね。

日々の振り返りということがちゃんとできているだろうか?という意味においては、
 「出来ていない」
と即答できてしまうくらいには出来ていないので、3月をぼやっと振り返って、明日からの4月につなげていければとブログを書いている次第です。

仕事面

2月の中旬くらいから、新しいお客様先でお仕事をしているわけですが、新しい環境での仕事というのはとてもためになりますね。
特に、大きい会社なので、いろいろな社内での勉強会などの活動が見て取れて、色々と勉強になります。
業務自体も、これまで要件定義だとか設計管理がメインだったところから、ちょっとしたインフラ構築も絡みつつ、、、という感じなので、これまで自分があまり手を動かしていなかったところを触ることができていい経験になっていると思います。

一方で、組織的な動き。管理職としてはまだまだ物足りない面が強いと自戒するところです。
もう少し自分で事業を推進させるような気概を見せたほうがいいのだろうけれど、それぞれの思惑が見え隠れする中での腹の探り合いも相まって、正直面倒くさい。
また、課題事項も見えてきているものの、その解決手段までもっていくことができていないという弱さ。

いやはや。頭痛いところだ。

運動面

ということで、新しいランニングシューズを購入。高かった。。。

2月は頑張って160km到達したものの、3月は何とか119kmという状態。
それでも100km超えているので良しとしたいところ。

走り続けてはいるものの、体重はあまり変わらず。体重を減らすということが目的ではないものの、走っていても特に成果がなかったり、目標があるわけではないとなると、正直どこかで息切れしてしまいそう。
というわけで、やはり何かしらの目標は立てたい。例えばどこかのフルマラソンとか。

そういう意味では、以前に棄権してしまった、千葉アクアラインマラソンが候補としては上がるんだけど、今年度はまだ開催未定状態とのこと。

ちょっと考えたいところですね

自己学習

AWSアソシエイト試験の勉強を昨年末からしていたものの、すっかり時間が空いてしまった。。。非常によくない。。。
基本的に勉強は一通り終わって後は試験を受けるだけだったのだが、色々な理由をつけてさぼってしまっているのが実情であり、さぼっている間にどんどん忘れてしまっている印象すらある。
これに関しては、4月中には復習+受験を終わらせたいところ。

そして、AWSとは無関係ではあるけれど、ようやくKaggleを触り始めた。もちろんタイタニックからではあるけれど、微分積分や確率統計の前に、まずは触ってみようということで。
ちょうどKindleUnlimitedで入門書がラインナップに入っていたのでそれを中心に触ってみている。


4月には、何かしらのコンペに手を出せればと考えている。これに関しては何事も経験と思っている。

こちらの本もとても有用そうなので、購入を検討中。

家庭

この4月から長男が中学。末っ子が小学校に入ることになる。
成長はあっという間ですね。

妻も職場が変わりバタバタして、しばらくは家庭内も落ち着かない日々が続くんだろうと予想される中で、では自分がどう動くのか?に関しては考えないとな、、と思いつつもまた失敗してしまうのかも。

どうしても自分優先にしてしまいがちなところが強いので気を付けていかねば。

4月になり、ここで書いたことがちゃんとできているか。
せっかく振り返ったのだから、活かしたいところです

2021年がはじまる

あけましておめでとうございます
2020年は、なかなか厳しい1年でした。
厳しい1年ながらも、人生は続いていくわけであり、そこから成長をしていかなければより良い未来というものはないわけです。

2020年はいい意味でも悪い意味でも、自分の問題点を改めて突きつけられたような一年だったように感じます。
臨機応変に動いていくということと、無計画に突き進むのとでは天と地ほどの差があることは明白なのにも関わらず、どこかしらで「しょうがない自分」を自分らしさのように容認してしまっていたのでしょう。

年末ぐらいから、今更ながらあれこれ考えて、計画的に動いていくということを少しずつ慣らし始めたものの、まだまだなところ。
やればやるほど、今までどれだけ適当に過ごしてきたのだろうかと身につまされる思いです。

2021年は、だからこそ振り返ったときに、2020年が転機だったなぁと思えるような年にしていきたいです。

なんとなく20年が過ぎた

コロナウィルスそのものも、それに関連した様々な問題が絶賛巻き起こっている状況ですが、今日は3月の31日。明日は4月の1日という事で、いわゆる年度の境目な訳です。

そして、ふと気がつくと社会人として働き始めてから20年が過ぎた事に気がつきました

20年。長いですね。
色々なことがり、色々な人に助けていただき、色々なことを考えて来てはいるものの、ふと振り返った時に20年かけて何かをやったのか?みたいなことを考えるとあまり思いつかないものです。

2020年ということで、今年の頭にFacebookのザッカーバーグ氏が次の10年に向けて抱負を語っていました
https://www.facebook.com/zuck/posts/10111311886191191

何かしら目的を持っていたり、使命感を持っている人というのは素晴らしいと思うし、その内容がどうであれ尊敬に値すると思っている。一方で、そういう方々と比べると自分はなんと「なんとなく」生きているんだろう、と思わずにはいられない。

もちろん、その場その場で考えることはあるし、大事にしたいと思うことがないわけではない。けれど、なんというか、これらの人とはちょっと違う次元にいるのではないだろうかと思うときすらあるくらい、良くも悪くも適当だ。諦めるには早いと思いつつも、諦めているのかもしれない。
もう40も過ぎているのにこんなこと書いている時点でどうしようもない感じはするのだが、事実なのでしょうがない。

次の10年。どうだろうか。
10年後ともなると、長男はもう成人しているな。長女は高校卒業か。私も50を超えてしまっている。

いや、そもそもちゃんと生きているのか?
あながち冗談ではない昨今だ。
色々なものを諦めず、こだわれるものを作って行けるよう、なんとなくを出来るだけやめて生きたいところだ