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差はどこから生まれるのか

先日、今度たまたま仕事でお世話になる企業へ打ち合わせに出かけた。
打ち合わせの中で、色々と資料が出てくるのだが、その端々に自社との差が見受けられる。

相手は超大手で、自社は中小企業。もちろん人材も違う。
最初の段階でふるいにかけられて、その結果の人間が集まっているのだから差は出てくるのだろうが、果たしてその差というものは本当にそれだけだろうか。

最近よく思うのは、私のいる組織に現状に対する不満を持っている人間が少ないのではないか?ということだ。
現状に不満を持っていないというと実は正確ではなくて、現状に対して不満を言うには言うのだが、それは口先だけの不満で、その不満に対して解消する方向で動くことをあきらめている。そしてそのあきらめていることがまるでカッコいいと思っていたり、ワークライフバランスの実践だよね~的に片づけてしまったりしているのではないかということ。

かくいう私が、では何かしているのか?と言うと、実際に何かをなし得たわけではないので結局今は口だけなのかもしれない。
でも、やっぱりそれはダメなんだと思う

いいか悪いかはもちろん人それぞれの価値観ってやつで、一面的には言い切れないんだろう。
私のようないい加減な怠けものは、ちょっと油断しているとすぐにだらけてしまう。そういう意味では、今回そういう場面に出会うことができたことは、その仕事で得た新しい知識以上にいいことだったと思う。

大海を知るかわずにならねば

つぶやいてもセカイは変わらない

少し前、仕事で別の部署の人と話をした。私の部署で作ったアプリケーションをその方の部署でお客様へ提案するような。そんな関係の部署の方である。

今度納めるアプリケーションの機能仕様を検討している段階で、用意されているパターンから大きく外れるような機能仕様を書いてきたのでそこを指摘した。それに対してその方の反応が
「こういう形じゃないと困る」
「こんな風な動きをしてほしいという要望は前から出していた」
「あなたのところまでは要望が言ってないかもしれないけど、末端ではそう話をしている」
的なものだった。

実際のところ、本当にそうかもしれないし、その方の上司が話を潰していたのかもしれない。私の部署がその部署の方々の要望というものを、全てくみとれているかというとそんなことはないだろう。
ただ、本当にその要望は実現できる方向での発言が行われたのだろうか?
結局のところ、要望を上げろと言われて要望を上げた程度のレベルか、具体的な検討もなしにただつぶやいただけなのではないだろうか。

つぶやいているだけでは何も変わらない

もちろん、変わる場合もあるとは思う。例外はつきものだ。ただ最近、随分と色々な理屈をつけたり、
「あーすればいいのに」
「こうだからたぶんダメなんだろうな」
とつぶやいて、最近はやりのワークライフバランス的な論理で話を終わらせてしまう人が増えたように感じる。

結局のところ、要望を言うということは自分にとってプラスに返ってくる内容ならば、ちゃんとその要望が通るような行動を取らなければいけない。要望を言うことが成果なのではなく、要望を実現した結果、当初想定していた(もしくはそれ以上の)恩恵を受けることを成果に位置付けるべきではないか。

  • 上司がダメならば、そのダメな上司をどう使えば要望が通る方向で話ができるのか
  • 要望にとって障害や懸念しなければいけないことは何で、事前に排除するために手を打てることはないだろうか
  • そのメリット・デメリットをどう伝えていけばいいのか

あらゆる手を尽くしたうえで、最後の最後が相手の気分やその時の運になってしまう。そういう不確定要素に起因するところまで持っていきたい。
もちろん、自分の思っている”要望”のレベルに応じてどの程度までこれらの手を尽くすのかというのは差が出てくるところだとは思う。
ただ一方で、趣味ではなく仕事でやっているのだということも考えるべきではある。その要望が通らなかった場合と通った場合とでの、仕事としての天秤がちゃんと掛けられているのか。

偉そうなことをのたまったわけではあるが、私自身ちゃんと出来ているかと言われればまだまだ。未熟もいいところだ。人を評価すればするほどに自分の未熟さを思い知る。そういう意味では今回のエントリーは自分自身に対しての戒めに近いのかもしれない。

最近、Twitterがはやっていることもあるせいか、リアルでの発言まで

  • 本当に発言しているのか?
  • とりあえずつぶやいているのか?

というのが不明確になっているように感じ始めた。
でもね、ちゃんと言ってこない限りTLをチラ見するかもしれないけど、ちゃんとメッセージ送ってくれないとフォローするとは限りませんよ。つぶやきなのだから。。。と。

余談ではあるけど、冒頭のやり取り。
要望の内容が話をしているうちに矛盾が出てきて空中分解しました。

嫁が実家に帰った

といっても、1月に出産を控えての里帰り。
昨日、無事に送り届けて私一人での帰還になりました。

とはいっても、年内で考えると今週末は一人で過ごすことになりますが来週、そして年末は嫁の実家に遊びに行こうとしている。
平日はどのみち帰ってくるころには嫁も子供も寝ちゃっているので生活にそこまで大きい変化はないのが実情
(もちろん、食料的な問題はあるにせよ)

とはいえ、一人家にさびしーく過ごしているというのも味気ないというもので、何かしらやりたいものです。
平日に帰る時間が早くなっているわけではないので時間としては限られるものの、落ち着いて考える時間は相対的には増えている。これをなんとかして生かしたい。

とりあえず、考えている内容としては

  • 自分の資産状況の確認と今後の方向性
  • 勉強することとその計画
  • 何かしら錆びついたプログラミングスキルの研磨
  • 畑や庭をどういう形に実装していくか
  • 部屋・机周りの片づけ
  • 大掃除

。。。

あれ?
だんだん、だんだん所帯じみた内容に・・・

あれ?

2011年1月11日は

先日Webを徘徊していたらこんな記事が

2011年は「セクシー素数」の年
http://wiredvision.jp/news/201101/2011010517.html

素数。それは1と自分自身でしか割ることのできない孤独な数(プッチ神父)

なんとなんと。確かに11年1月11日は1が並ぶな~程度に思っていたけど、全てが素数という着眼はなかったなぁ。それにしても・・・ううむ、そうなのか。

実は、2011年1月11日。つまりは来週の火曜日なわけですが、その日は実は私の第2子の予定日であります。
嫁の通算何度目になるのかわからない「もうすぐ生まれそう」を聞くたびに「あぁ、まだだな」と思い続けてみれば、予定日的に考えるともう来週の話なんだなと、今さらながらびっくりしています。
こういうことは男はダメですね。嫁も実家に帰っているので、余計に実感がありません。実感がない割にいつ呼び出されるかわからないので始末が悪いです。

しかし、男兄弟で育った私にとって待望の女の子の予定。
すでに名前は決まっているのですが、1月11日がそこまで珍しい日だとすると「素子」というのも捨てがたいように感じます。とはいえ、割り切れない孤独な娘に育たれても困るのでやっぱり「素子」は止めておいたほうがいいですかね。

実際問題予定日通りに生まれるなんていうことはなかなかないものだけど、予定日に対してこういう情報があると少しドキッとする一方でうれしくなります。
頑張って予定日通りに生んで、しかも11時11分とかを目指してほしいです。1時11分とか深夜に呼び出されるのは、100%間に合わないので勘弁してやってください。

色々とあるかもしれないけど

昨夜はひたすらにアルジャジーラの生放送を見ていました

f:id:krote:20110213004945j:image

何はともあれ、一区切りですかね。
これから先、まだまだ残された課題は山積みなのが実情だとは思うのですが、一区切り。
後に続くような国も出てくるのだろうか?

さてはて、2011年はこの先どうなるでしょう。すごい年になりそうですね

温かいお話し

今週は正直言って、随分とため息の多い週だったような気がする。
理由は色々ある。かけることも書けないことも。全然関係ないところで行われている、見も知らない人たちのやり取りにも正直言ってやられてしまった。
こういうときに、Twitterはよくない。流布するのが使命のようにRTする人がいるからだ。やになっちゃうよね

それでもいいお話もきけました

そんなこんなでぐったり状態ではあったんだけど、温まる話も聞くことができました。正確には”見る”が正しいのかな?

優しい記憶
http://ameblo.jp/a-ariga/entry-10817136682.html

ウェディングプランナーっていう仕事。たぶん、すごい苦労することが多いんだろうけど、やっぱりそれはとてもうれしい経験もセットで体験できる職業だな、と改めて思った。

考えてみると、私も結婚してから3年が過ぎ4年目になる。
私の結婚式のときには、親からの手紙は確かにあったんだけど、それぞれの自己紹介を手紙にしてもらって披露すると言う形を取った。
母親からの手紙って、ちょっと照れ臭いよね

でも、実際の親の気持ちがわかるのはもう少し先。
自分自身の子供が生まれて、親になってようやくわかり始めるんだと思う。
“だと思う”と言うのは、やっぱりまだ私は親の気持ちってやつをちゃんとわかっていない。
それはやっぱり自分自身の親としての経験が足りないからだと思う。ちゃんと気づくことができるのはまだ先かな。

今日は、息子が随分と癇癪を起して妻が手を焼いていたようだ。
平日は私が帰るのが遅いので子供との接点が少ない。
週末はしっかり遊んであげないとね

GoogleMap 航空写真を更新

震災後、わずかの時間でPersonFinder等のサービスを立ち上げ、かなりの存在感を示したGoogle。
そのGoogleが提供している地図アプリ、GoogleMapの航空写真が、このたびの震災後の写真にアップデートされていた

被災地のより詳細な航空写真がご覧いただけるようになりました(Googe Japan Blog)
http://googlejapan.blogspot.com/2011/03/blog-post_5019.html


大きな地図で見る

なんというか、、、、
川に津波によって流された車がそのまま浮かんでいたりする風景が、こうやって見ることができてしまうと言うものには一瞬戸惑いを覚える。
さらに言うと、震災前の地図情報と重ねられてしまうがゆえに、私自身仙台で利用したことがあるフェリー乗り場や妻と釣りに行ったことのある場所も…。


大きな地図で見る

ここは、津波による海水がまだ残っている状態がありありと映し出されている。
ううむ。

Updateは必要なのか?

すでに、多くの報道で画像や動画が流れているように、被災地の状況と言うものは過酷だ。
風景の数々は思わず目を覆いたくなると言うのが本音だろう。

情報は更新されていかなければいけない。
実際問題今回のアップデートは行わず、以前のままの写真でいさせてあげてほしいと言うのは心情的な問題としてはあるかもしれないし、それを全否定するつもりはない。
ただその一方で、今の状態を見すぎてしまっている人たちには過去の写真と言うものの方が、この先立ち直っていくための枷になってしまうのではないかとさえ危惧してしまう。

ちなみに、先に紹介したGoogle Japan Blogでも書かれているように、GoogleEarthでは時系列で見ることもできるようだ。ただ、私のPCにインストールされているGoogle Earthはバージョンが古く(4.3.7284.3916 (beta))て時計アイコンがなかった。。。更新しなきゃ・・・。

願わくば、この航空写真の更新頻度がそれなりのもので、復興の様が見て取れるようであれば…と思わずにはいられない。

まとまらない考えの中で

さてはて、今日はちょっと頭が痛い。
少し風邪気味ではあるけど、たぶんそれとは関係なく、単純に頭を悩ませることがあって、それがすっきりしないせいだ。

ここのところ、仕事はすごい忙しいというわけではない。
ただ、以前から仕事の進め方に関してはもやもやとしているモノがあったし、何を考えているのかわからない決定も数多くあった。
自分の立場で見えない情報から判断が下されるものと言うのは、自分が思っている以上に多い。
それは頭では理解しているつもり。

ただ、あまりにもそれが山積するとどうにもこうにも、心のおきどころを見失ってしまうときがある。
そういう時、とても困る。

体調が悪いわけでもないんだけど、頭が重い。なんだかずっしりと、重い帽子を乗っけているような。締め付けているような。そんな感覚。
それでいて、私は考えるのが下手くそなんだろう。思考がバラバラ。

自分だったらどうするか?

そんな時にいくら愚痴ったところで何も解決しない。
自分自身が上司の立場だったら。もしくはトップだったらこの状態をどう考えるのか?と言うケーススタディ形式で考えてみる。

問題点が見えてくる

ただ、色々考えることはできるんだけど、たぶん、自分の主観が入りすぎているような気がする。
完全な客観による分析をし、判断を下した場合はどうなるのか。
いわゆる、インテルがDRAM事業から撤退したときの決断エピソードである

グローブ社長は私に、
 「もし、あなたがインテルを経営するために外部からスカウトされてきた経営者だったとしたら、DRAMへの投資をするだろうか」
と尋ねてきた。
 「いいやそうはしないだろう」
私はこう答えた。
 「私もそうだ」
グローブ氏もこう言い、インテルのDRAMからの撤退が決まった。

のように。
いつの間にか、問題だと感じている自分自身が問題を解決することに対しての抵抗勢力となっていないだろうか。
考え、行動していかなければいけない。

千葉県でホルムアルデヒド?

旅行から帰ってきたら、なんだかすごい事になっていた

「いつまで続くのか…」住民、給水求め列
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120519/trd12051921150018-n1.htm

私が住んでいる千葉市では、断水にはなっていないようでしたが、
野田市などいくつかの地域で断水が起きていたんですね。
意外と範囲も広くてびっくりしました。

自然発生するものでもないのかな?
水は生活に直結するだけに、人為的なものだとすれば怖いですね。

果たして何が原因なんだろう??