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その発想は無かったわ

ちょっとはてなを見ていたらこんな記事があった

【進研ゼミ】笑いを征する者が受験を征す。試験問題の傾向と対策と模範解答集【Z会】
http://matome.naver.jp/odai/2126406600265126601

見ていて、狙ったものなのか天然なのか。面白いことを考える!と、思わず笑ってしまう回答が数多くあった。

私も大学時代に家庭教師のアルバイトをやったことがあり、似たような回答を天然で繰り返す生徒を持ったことがあって、久しぶりに思い出しました。
こういう人は、ずっと一緒だと大変かもしれないけど、クラスに一人くらい欲しい。自分のチームには欲しくないけど、近くのチームには欲しいかもしれない

あぁ、あの子は今頃どうしているだろうか。
普通に勉強ができる子よりも印象に残る分、感慨深いですね。
なんか、そんなことを思い出したってお話。

ちなみに私が遭遇したのは

英語で”作る”は何というか

<回答>
cook

いや、間違いじゃないようなきもするけどさー、”make”とかそういうのを期待しているんだよね。うん。でも、間違えって言えませんでした。

家ができてきた

昨年のGW前ぐらいからあれこれと動き回っていたのですが、家を建てることにしました。
ようやく今年の3月中旬に完成予定なので、今日は休日を利用して現場まで見学。だいぶ形になってきてちょっと嬉しいです。

家に関しては賃貸派、マンション派、一戸建て派と色々とあると思いますが、私は生まれ育った実家が一戸建てだったせいか、イメージとしては特に悩むことなく一戸建てになっていました。
たぶん、好き勝手に部屋や庭をいじくる父を見て育ち、一人暮らしをして賃貸によるとなり近所による騒音等の問題によって賃貸やマンションのイメージが悪くなってしまったんだと思います。

経済的な利点や、いざという時に移動できる等の利便性があることから賃貸派が今は多いと思います。昨今の不況も合わさってなおさらなのかもしれません。
莫大なローンを抱えることになる。それは間違いなく今後の私の生活においてリスクを背負うことになるのでマイナスなのかもしれませんが…さてはて。
一つは、子供にそういう環境を作りたいという私のエゴなのかもしれません。でも、それでいいのではないのかとも思っています。

よく、「家のために働くだけのオトナにはなりたくない」的な話があったりもしますが、別に家というものはただそれだけのものでもないと思う。
そういう空間を作ったり環境を作ったりすることから生まれる色々なこともある。もちろん、賃貸やマンションにもそれ特有のことが色々とあるとは思う。
でも、一戸建てには一戸建てにしかないこともあります。そんなことが実現できるような環境を作れればいいと思うのですよ、私は。

都心の雪

関東圏では久しぶりの雪。
大したことは無いだろうと思っていたが、思ったよりも降っていてこのままだともしかすると明日まで残るのではないか?というところ。
積もることは無いだろうと思っていただけに驚いています。

驚いているといっても、大学時代に山形で4年ほど過ごしたので私個人としては特に戸惑うことは無いのです。。。が、いくら個人が戸惑わなくても困ってしまうのが交通機関の乱れですね。
雪国で暮らしていていつも思っていたのが、関東圏では大した雪でもないのに簡単に交通機関がマヒしてしまうということに対する違和感です。豪雪地帯に対してみると、”降った”という認識すら持たれないレベルの積雪でなぜ、日本の首都が誇る交通機関がマヒするのか。

色々と考えることはあるのですが、やはり交通機関というよりはそれを利用する人の問題に起因するところが大きいように思う。
純粋に交通機関を利用する人の量が桁違いに多いというのももちろんあるし、その大量の人のほとんどが雪に対して馴れていない。戸惑った人たちが集まったことで相乗効果で遅れが広がっていく。
でも、実は雪に限った話ではなく、雨でも電車は遅れたりする。この場合、単純に”馴れてない”というだけでは説明がつきづらい気もするが。。。

結局のところ遅れやすいと思っている状況だからこそ、あわてて電車に乗り込もうとして駆け込み乗車が増える。それが電車を遅らせる大きな原因なのではないだろうか。
雨や雪のような天気の変化にも対応できるだけ余裕をもった行動を心がけたいところですね。

本音を言うと、雪の降るような寒い日はギリギリまで布団から出たくは無いのですが…。

話題の映画「アバター」を見に行ってきた

前回映画を見た時に、TOHOシネマズの”6回見れば1回無料”が貯まっていたので、話題沸騰中のアバターを見に行ってきた。
当初の見解では「ハイハイ、映像美映像美」って事だろうと思っていたのに予想以上にヒットしているように見えたからだ。

1歳の子供を一緒に映画館に連れていくわけにはいかないのでいつもと同じく嫁と交替で見ることにしていたのだが、嫁の見ようとしていた回にはなんと1席の空きもないような盛況ぶり!これはちょっと想像以上の人気だ。

そんなこんな、見る前からその人気ぶりを見せつけられたアバター。ちょっと思ったことを端的に

  • 3Dはすごいけど、中盤からは馴れてくる。馴れないと違和感を感じるんだろうけど、馴れてしまったら馴れてしまったでさみしい
  • 字幕が一番飛び出て見えて少し興ざめした
  • とはいえ、絵はやはりきれいだ
  • ストーリーは特に意外性もなく変でもなく。普通に落ち着いたところか
  • 3Dは何をどこまで立体感を持たせるのかが難しいように感じた。たぶん、絵全体を立体的に見せるのは予算的につらそうだ
  • 結構目が疲れる。そもそも普段から眼鏡をしていないので余計に疲れた
  • 何度聞いても頭の中で”アジャパー”に脳内変換される

元々期待していなかった割には結構楽しめたと思う。ただ、ドキドキワクワクを期待して見るものでもないからやっぱり映像美を楽しむのがメインなのかな~

サラリーマン川柳2010

今年もサラリーマン川柳が発表されました!

サラリーマン川柳(第一生命)
http://event.dai-ichi-life.co.jp/company/senryu/best100.html

毎年毎年、景気や話題の時事ネタが盛り込まれて思わず笑ってしまう川柳が楽しませてくれます。
今年もなかなかの作品ぞろい!思わず自分自身と照らし合わせてしまうような内容のものもあるのではないでしょうか

個人的に私が気に入ったものを一つ。

  • 座りたい 私の前だけ 何故立たぬ

日頃通勤電車で良く思うことです。
コンビニやスーパーのレジでも同じことが言えますね(笑)

唐突にそれは起こる

先週のことではあるが、会社の先輩が亡くなった。今日は会社を抜け出して弔問してきた。

元々無茶な働き方をする人で、私の中では常に会社にいるイメージの人。何をするにも全力という感じで道を歩く時も走るか小走りで常に動き回るような人だった。
余りにも動き回るのでサイボーグ説まで出るくらい。それくらい元気だった

昨年夏から白血病で入院しており、実を言うと経過そのものは順調。もう少しで退院というところで肺炎を併発してしまい、免疫力も低くなっていたところを突かれる形であれよあれよと言う間に病気が進行してしまったとのこと。

話を聞いた私ですらその唐突さに驚いたのでご家族の方はそれ以上だったに違いない。同僚のご家族が亡くなったことはこれまでもあったが、同僚が亡くなったのは初めての経験。
入社当初からお世話になった人であったのでなんとも、何とも言えない気持だ。

自分自身が歳をとり、そういうことに敏感になったからだけなのかもしれないが、昨年の夏に父が他界してからというもの、周りで不幸が続いているように感じてしょうがない。
こういうことが続くとどうしても気持ち的に弱くなってしまいます。
いなくなってしまった分まで、頑張らなくちゃいけないのにね。

考えてみる

さて、昨日は「明日真価が発揮されるのだ!」なんて負け台詞をはいたせいかどうかは分からないけど、やっぱり真価は発揮されて実にのんびりとした1日を過ごしました。

ここまで・・・ダラダラしてしまうものなのか!!
って、考えてみて、じゃー独身時代はどうだったのさ?的なことを考えてみた。

今の嫁と付き合う前。週末はひたすらにバイクで駆けまわっていた。毎週末にどこに行くのかを平日に考え、週末に遠出をする。時には泊まりがけで動いたりもした。
バイクにはまる前はひたすらにネットゲームをやり続けていた。あの頃は本当にひたすらにやり続けていた。寝る間や食べる時間を惜しみながらひたすらにゲームをやり続けていた。

今はどうか。
いい意味で言うと丸くなったのかもしれないけど、何かに対してものすごく熱中するということが無くなってしまったように思う。
それは結婚をし、子供ができたことで自分一人でひたすらに没頭するという時間を作ることが難しくなってしまったこともあるだろうけど、なんだかそれはそれでさみしいものだ。
家庭を顧みないで何かに打ち込むというのはやはり問題ではあるけれど、何かに打ち込むことができなくなってしまってはちょっとさみしいよね。
もちろんそれが仕事かもしれないし遊びかもしれない。色々と方向性はあると思うんだ。

そう、だから・・・ほら。
今日一日遊んでいたのもね。ほら、見方によってはいいことかもしれないよ?
ほら、なんていうか。いつまでも少年のようなまなざしでいて欲しいっていうじゃない。
あれだよあれ。うん。

あれ?忘れてた?

昨夜は積み重なった仕事の疲れとか色々なものが重なって、うっかりと日記を書くのを忘れてしまっていたようだ。
それに気がついたのはついさっき。そういえば、昨日は何を書いたんだっけ・・・ん?もしかして忘れてた?って感じだった。どれだけ疲れていたんだって感じ。

誰のために一生懸命話をしていたんだ!!的なことが何度か続いてしまった。でも考えてみると、「あんたのためにこの話をしているんだ」なんてのは自己満足と言えば自己満足。必ずしもそんな思いがいい方向に結びつくとは限らない。それは分かっているはずなのについつい感情的になってしまう。

まだまだ。修行が足りんな

うむむむ

なんだかずいぶんとブログを書くのをやめてしまっていました。
一度、堕落するととことん怠惰な自分の性格が出てしまっていけませんね。

確かに生活環境の変化というものはあって、それによってこれまで考えていたことや
思っていたことが困難になってしまったのは間違いのないこと。
ただ、それを理由にして遊んでしまっているのは自分の怠惰な性格が原因であること
は言うまでもないことです。

なかなか有益な情報というのを提供し続けることができるかどうか。
それはやはりわかりませんが、何も行動を起こさないのでは結局のところ時間だけが
過ぎていく。
また、一から手探りで進んでいくことにします。

有為・無為

昨日、「自分は堕落していた」的なことを書いた。

堕落していたと言ってみたものの、じゃぁそれ以前。
つまり、ブログを欠かすことなく毎日書き続けた日々は果たして有為だったのだろうか。

何をもって有為・無為と判断するのか。
それは結局のところ、自分がどう日常を捉えるのかによって変わってくるのだと思う。

ゲームや漫画を楽しんでいながらも有為な日々を送る人もいれば、
ひたすら勉強や仕事を頑張ったとしても無為だと思いながら日々を送る人もいる。

当たり前のことなんだけど、最終的に何が自分にとって有為なのか、無為なのかはわからない。
そう思って、そう考えて、そう行動してその場ではそれで納得しつつも
それでももっと有為な日々を送ることができるのではないだろうかと考えながら過ごす。

そんな風に、少しずつ自分を成長させていきたいものだとふと考えた。
考えたのであって、、行動できるとは限らない。

そんな独り言。