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40代の難しさ

私は2000年に大学を現役卒業した世代。
まさに世で言うところの就職氷河期に当たる世代です。

この世代の悲哀と言うか、色々な悲しさと言うものはこれまでも散々語られてきています。
つい先日もこんな記事を見かけました

多くの内容は同意できる。
一方で、子供が全ての解決になるかと言われれば、別にそうでもないよねとも思う。
もちろん、支えになってはくれるけれど。

何かしらうまく物事がいかない時に、果たしてそれが自分自身によるものなのか、
それとも時代・世代の影響が強いものなのかの判断は難しい。

でも、あの頃の就職氷河期を過ごした人間には働くと言うことに対する思いと言うか考えが、
各個人の中で独特な発展をしてしまい、その結果、変なわだかまりのようなものを生んでしまっている気もする。

私の場合、運良く正社員として就職したものの、今で言うところのブラック的なところだった。
今はもう随分と変わってきてはいるが、転職すると言う選択肢になかなか踏み切ることができなかった。
その結果、ズルズルとしてしまい、今に至るわけだ。

結果的に、現職ではそれなりになっているものの、会社に対しての満足度や思いと言うものはなく、
ずっとモヤモヤしたものを抱えている。
この歳になってから、初めての転職というのもなかなか骨の折れるもので、
重い腰をあげて動いてはいるものの、結果はさっぱりである
やはり、売り手市場とはいうものの、おっさんには辛いのだ

就職氷河期世代というものが、自分自身にどういう影響を与えたのかは正直わからない。
結果は結果としてあるけれど、何世代であろうと自分がどう動いたかはたらればの話で今と変わらないかもしれないし。

社会人生活も下手をすればあと30年も続くというではないか。
それを考えると、このモヤモヤを抱えたままは辛いので何かしら折り合いをつける必要はある。
どういう形になるにせよ、この40代という位置付けを少しでもいいものに変えていかないといけないなぁ

そんな風に思った
まぁ、なかなか思うようにはいかんわな。

休みに何をするのか

今週は火曜日から、遅めの夏休みをいただいている。

休みだからといって、妻は普通に仕事があるわけで旅行にいくわけでもなく、
子供達の夏休みの自由研究やら工作を見てあげながら、家の普段手がつけられていない掃除をしている状態。
決して、意味がないとは言えないけれど、時間があるはずの割には特別感がない。

気がつけば、もう8月も終わろうとしており、週末からはなんと9月である。
あっという間だ。

40を超え、これまでと同じ日々を過ごすことに対して見切りをつけようと、動いて見たものの、
思ったような結果は出ていない。
中途半端な気持ちのまま、これまで以上に中途半端な日々を過ごしている気がする
子供に対しては偉そうに小言を言うくせに、結局のところ自分が一番できていないわけだ。

子供らの自由研究を見るがてら、自分自身も何かしら休暇中に実現できることがないものかと
思案をめぐらせようとしたものの、結局は今の所何も手をつけられていない。

そして、ここのところ毎回似たような内容の投稿になってしまっていると言う現実。
変えるには行動しかないわけであるのである

低空飛行

すでに4月に入り、季節も徐々に春という感じがしているが、
ここ数週間はとても気分が滅入ってしまっている日々が続いている。

端的に言うと仕事上うまくいっていないことが原因のほぼすべてだ。

今までも仕事がうまくいかないことなんていっぱいあったが、
多重で問題が上がり、それぞれがそれぞれの要因でうまくいかない。

非常に重苦しい日々が続くし、ストレスもたまる。
休みであっても重苦しい感じがし、息が詰まる。
色々なことに手が付かず、ただだらだらと時間が過ぎていく。
もういっそのこと全て投げ出したくもなるが、そこまでの行動をとることも出来ないでいる

鬱になる人はこういう心境なんだろうか
いやいや、もっとひどい心境なのだろうか

辛いことが多いし、よくなる兆しもないんだけど、
なんだかんだ言って私は鬱にはならないんだろうなぁとも思う。

そうはいってもつらいものはつらいので何とかする必要がある
好き勝手バカスカ文句を言われはするんだけど、それでも前に行かないといけない。

何かきっかけが必要。
考えなければいけないが、考えるのに思考が一向にまとまらない
困った

せめてここだけでも弱音を吐こう

新年度に思うこと

気がつけば、また間がすっかり空いてしまった。
前回のエントリーが1月という、放置っぷりに果たしてドメインを維持する意味があるのか?という悲しい自問をしています。

まぁ、気にしないでおきましょう。

さて、4月ということで新年度ですよ。
一応、数名のチームを持っている身なので年度の終わりや始まりにはあれこれと考えることが多くなります。

あーしたいこーしたいとあれこれ考え、メンバーの数名に意見を聞き、
その上でさらにあーだこーだと考え、話をしていくことになります。

考えることは、それほど嫌いではないのですが、一歩間違えると独りよがりの考え担ってしまいます。
自分の当たり前は人の当たり前ではないということは、頭ではわかっているもののなかなか直面すると難しいもの。
意見の相違はあって当たり前とは思いながらも、思っていた以上にショックを受けることもあります

私が子供の頃は、パソコンとか憧れのマトで、かっこいいと思っていた。
でも、今はあることが当たり前で、IT系の仕事につくということは、IT系に興味があったりするとは限らない。
でもまぁ、それもそうなんでしょうね。

それでも、自分の考えは自分の考えとして伝えていかなければいけないんだろうな。
それをどう受け止めるのかは相手次第。
でも、自分の意見を言わないで相手の理解を得られるわけもないし。

そんなことを、あれこれ考えながら、今日もうだうだしている毎日です。はい。
今年度も始まって随分と経ってしまいましたが、がんばるとしよう。

浅草参り

今日、私の会社では仕事始めだったわけですが、会社のメンバーとお参りに行くことに。

細かいことを聞かずに、会社の近くで済ますのだと思っていたのですが、電車に乗って浅草は浅草寺にいくことに。
関東に来てからもう15年になりますが、初めて浅草寺にお参りに行くことになりました。

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初詣というと、実家で過ごすときは実家の近くにある小さい神社にお参りに行きます。

いわゆる人込みをかき分けてお賽銭を投げ入れるような、メジャーなお寺や神社へ行くことは基本的になく、
あくまで形だけ初詣をするような感じなので、すでに年明けから5日経っているとはいえ賑わっている仲見世を行くのは新鮮です

最近は、いろいろと大人の事情が多すぎてしまい、会社の飲み会が増えている傾向にあります。
基本的にお酒の飲めない私は食べて話をしているだけなのです。
それ自体は苦痛というわけではないのですが、帰りが遅くなってしまうのは家族に対して少し心苦しいですね。

そういう日があっても、ギスギスしないように心掛けながら一年を過ごしていかなければなぁと
改めて考え、お参りしてきました。

どんな一年になるのか。
結局のところ、お参りしようが何しようが、決めて行動するのは自分に他ならないので動いていきたいところです

気がつけば

新卒で開発者として入社したものの、15年たってみれば開発をしているよりも、
管理者的な色合いが濃くなってきた今日この頃である。
もう、実際に仕事としてコードを書く頻度はとても少ない状態。

多少寂しくはあるけれど、管理者的な仕事というのも仕事としてはそれはそれで面白みのある内容だと思っているけれど、
最近はだんだんと、仕事というよりは作業に追われている感が否めない。

多分、その辺りがうまくいっていない感が強まってしまっている原因だろう。

会議のための会議であったり
報告のための報告であったり

順風満帆に物事が動いていれば、ここまで面倒にはならないのかもしれないけれど、
うまくいっていなければ、色々なチェックがあちらこちらから入るのもそれは当たり前。
ならば、ここ一番踏ん張ってうまくいけばいいのか。

それは、チェックがあったからうまくいったのではないか。。。?

いたちごっこが始まりそう

小さい組織であった頃は、今思うとよくあれで成り立っていたなぁと思うくらい危ういことばっかりだったけれど、
物事の展開はかなり早かった気がする。
もちろん、それはいい面もあれば悪い面もある。一部の声の大きい人の考えで動いてしまうこともあった。

現状に不満があるのであれば、現状を変えられる立場になるなり行動をとるなりを考えなければいけないことは100も承知だが、
この、「これは本当に必要な仕事なの?」という考えがよぎってしまうとどうしても気が滅入るんだよな