理解するということ

昨年の6月ごろから初めて、すっかり止まってしまっていたJSTQBの勉強を重い腰を上げて再開した。

ソフトウェアテスト教科書 JSTQB Foundation 第3版
大西 建児 勝亦 匡秀 佐々木 方規 鈴木 三紀夫 中野 直樹 町田 欣史 湯本 剛 吉澤 智美
翔泳社
売り上げランキング: 34,214

 

少しでもこの連休中に進めていかないと、会社のお金を少し使っているのでペナルティーが発生してしまう・・・という、情けない理由ではあるけれど。

分量自体はそれほど多くはないんだけれど、このテストというか、この手の話は昔から苦手意識が強い。
もちろん、通信教育の講座を受けた理由も、その苦手分野に関して少しは人並みになりたいという意識があったからこそなのだけど、
読んでいてもすぐに眠くなってしまう。

言葉の定義が多く、読んではいるものの理解しているのかと言われたら自信がないわけだ。

なんでもそうなんだけど、勉強したつもりになっていることが多く、結局理解の領域まで頑張らないことが私は多い気がする。
少しだけかじって、なんとなく本を読んで、なんとなくサンプルコードを書いて、満足する

そもそも目的なく始めることもあれば、目的はあったものの、途中からうやむやになってしまったり。

もう40になろうとしているのに、未だにこんなことでウダウダしているというのが情けないところではあり、
子供に対して勉強のアレコレを言えたものではないなと常々思うわけだ。

自分の理解を確かめるには、やはり客観的に理解しているかを判断してもらうのが一番であり、
この手の類であれば会社のメンバーに対しての情報共有やLTのようなものをしてみるのがいいかもしれない。
というわけで、少しずつEvernoteに書き始めた。

うーん、もしかしたらこういうことは実は勉強メモとしてQiitaにでも載せた方がいいのだろうか・・・
しかし、「こういうこと」と説明するには身近な実例であった方が言い訳なんだよな。

うむむ。
未熟者のあがきはまだまだ続きそうだ

2017年

あけましておめでとうございます。
と言っても、すでに2017年も4日目となっているし、多くの人にとっては今日は仕事始めだったので、
すでに新年という感じではないかもしれません。
ちなみに私は、明日からが仕事となります。

年末年始は実家に帰って過ごしていたわけですが、1年が過ぎるのがあっという間に感じます。
あれをやろう、これをやろうと思っていても、2016年。思い返した時に何をやったのか。

「何を成し得たのか?」

という問い自体が意味ないのかもしれないと思いたくなるほど、
毎年のように一年を悔やみ、一年の願いを込めたエントリーを書いているような気もします。

この歳になってしまうと、もしかしたらそれほど記憶に残るようなイベントというのはそうそうやってこないのかもしれません。
現状に満足していないような風を装ってはいるものの、変化を起こすほど不満があるわけではない

とすると、やはり「何かをした」感を出すためには力強く動く必要があるわけですね。
あぁ。面倒臭い

今年は40の大台にも乗ってしまうわけなので、30代の締めくくりとして、
何かしたいところではあるのです...

今年も適当な出だしとなってしまいましたが、一年よろしくお願いします

健康診断の結果

もう40手前ともなると、どこかしら調子が狂ってくることもあるし、
体力的な衰えを感じることもあるわけで、健康診断の結果は結構ドキドキものである。

ましてや、ここ数年ろくなことが言われていない胃に関しては、
もはやまともな判定をいただくことは難しいのか。
あるいは、ピロリの治療が終わったはずなので改善しているのか?

結果

胃 → 胃粘膜荒い(萎縮性胃炎・疑)
心電図 → 不完全右脚ブロック
尿糖 → 基準値ギリオーバー
血液 → MCV低め

とりあえず、何かしらマークが付いていたのは以上。
再検査かと思われましたが、様子見判定でした。

うーん、胃なぁ〜。
ピロリの除菌をしたのが昨年末なので約1年前。
傷んでしまった胃壁はそう簡単には治らないということなのか、
それとも違う原因が潜んでいるのか・・・。

そして心電図。
これまでは、洞性徐脈とかいうことが書いてあるだけで気にしていなかったけど、
不完全右脚ブロックとか、初めて見る単語だ・・・。

不完全右脚ブロック
https://welq.jp/6753

どうやら、それほど気にする必要はないような、あるような・・・よくわからんな。
ただ、これまで徐脈が続いていたところでの話なので、気をつけたほうがいいのかもしれない。
具体的に何を気をつけるんだかさっぱりわからないけれど・・・。

それ以外にも、マークこそされなくても結構数値的にギリギリっぽい感じがする項目がチラホラ。
調子に乗っていつまでも若い気でいると危ないか〜。

とはいえ、無理はできないと安全策で行くと、それはそれでずいぶんと老け込んでしまったように感じて寂しいものがある。
悩ましいところだ。

とりあえず、目下のところは胃かな。
どうやら漢方もいいようなので、ちょっと試してみようと考えている

【第2類医薬品】「クラシエ」漢方六君子湯エキス顆粒 45包
クラシエ薬品
売り上げランキング: 1,205

 

小学二年生。休刊

小学二年生が休刊だそうで

https://www.shogakukan.co.jp/news/146213

うちの長男がちょうど小学二年生で、定期購読しているんですよねぇ

ついこの間、長男から「小学何年生まで本あるの?」って聞かれたばっかりなのに。
ついに小学一年生だけになってしまうのね。

プレスリリースには

さらに、『小学一年生』を卒業した小学二年生~四年生をメインターゲットとした、まっ たく新しい学習増刊シリーズを来春に立ち上げ、小学生向けの新ジャンルを開拓していく 所存です。詳細につきましては今後の発表にご期待下さい。

ってあるけれど、うーん、どういう内容というか、形態をとるんだろう。
なんだか漫画の打ち切りで「次回作にご期待ください」っぽい感じで期待が持てないんだけど。

結構子供は楽しみにしていたんだけど、やっぱり今時流行らないのかな。
付録とか、紙で作っている割に結構しっかりと考えられていて面白そうだったけど。

イシューからはじめよ

少し前に購入して読んでいなかった、「イシューからはじめよ」を読んだ

 

イシューからはじめよ ― 知的生産の「シンプルな本質」
英治出版 (2014-09-01)
売り上げランキング: 1,648

 

イシュー。つまり、問題。

私が単純にそうなのか、エンジニアという生き物がそうなのかは正直わからないけれど、
何かしら、すぐに方法論を考えたくなってしまう。

今の仕事でもそうだ。
問題は山積している。
問題が一つしか見えないなんていうことは基本的になくて、優先度の高い軸それぞれに、
優先度の高い問題があるように見えるわけだ。

もはや問題が多すぎてしまって、何から手をつけていいものか悩ましい。
どう考えてもすべての問題を解決するには時間も能力も足りない

ここで絶対にやってはならないのが、「一心不乱に大量の仕事をして右上に行こうとする」ことだ。「労働量によって上にいき、左回りで右上に到達しよう」というこのアプローチを僕は「犬の道」と呼んでいる

キビシー!

時間と労力を惜しみなく費やせばもしかしたらある程度いい線までいけるのかもしれないけれど、
実際のところそこまで費やして意味のある答えに本当にたどり着けるのかはやってみないとわからない

だからこそ、本書で書かれているようにイシューの特定が大事になる

言ってることはわかる

言ってることはわかるんだけど、そんなに物事は都合よくいかないもので、
そんな簡単にはイシューを特定することも、それで周囲を納得させることも難しかったりする。

人によって優先するものが異なり、それはそれぞれの背景を持っていたりすると最悪だ。
いわゆる、「どれもこれもが最優先」状態。
楽しい楽しいデスマーチの序曲となる

説得力

イシューを見極めるためには「実際にインパクトがあるか」「説得力あるかたちで検証できるか」「想定する受け手にそれを伝えられるか」という判断が必要となり、ここにはある程度の経験と「見立てる力」が必要になる。

そう、説得力。
なぜそれが、今一番優先するべきイシューなのか。
これを解決することで、我々が抱えているイシューがどうなるのか。
それらを、伝えなければいけない相手に伝わるように言わなければいけない。

それは、上司かもしれないしチームメンバーかもしれない。
大抵は両方か。

主語は何か

本書を読んでいて、言われてみれば・・・と思ったのは以下の言葉だ

「これがイシューだ」と思ったら、そのイシューの主語を確認してみよう。「誰にとって」という主語を変えても成り立つものは、まだイシューとしての見極めが甘い可能性が高い。

現状の問題点や改善案をチームで話をしていて、確かに出ないわけではない。
でも、なんだか漠然としているというか、なんというか。
「言ってることはわかるんだけど、それって出来る?どうやるつもり」
って感じになることが少なくない

問題と考えていることは本当かもしれないけれど、なんか他人事な感じがした。
自分が解決する問題ではなく、誰かが解決してくれる問題と考えているのかもしれない。

ちゃんと、何かしらの改善にはやはり主語があったほうが確かにいい。

一度、身の回りのイシューを認識し直さないといけないなぁ

 

イシューからはじめよ ― 知的生産の「シンプルな本質」
英治出版 (2014-09-01)
売り上げランキング: 1,648

 

資金計画は計画不能?

少し前から、連続してきになる投稿がされている

 

 

年収600万に対して、子供3人というシミュレーションや、子供2人のシミュレーションが
結構細かくされている。

詳細はリンク先を読んでいただいたほうがわかるだろう。

こういう系統は、保険屋や銀行屋が大好きな考え方で、私も過去に保険屋にやってもらった記憶がある。
ただ、その当時は子供がまだ1人だったので、今から考えるとずいぶんと計画が変わってしまっている
見直してもいい頃だ。

というわけで、先にあげたブログで利用されていた、資金計画シミュレーションとやらをやってみよう

資金計画シミュレーション
http://www.simulation.jhf.go.jp/type/simulation/sikinkeikaku/openPage.do#.

まず、子供が私は4人・・・

20161002

え、この時点で計画立てるまでもなくダメってこと!?

まぁ、実際問題よく言われるんですよね。
よく4人も作ったなとか。
計画通りかと言われれば、確かに計画以上に作ってしまった感はあるけれど・・・
うーん。

そ、そろそろ節約し始めないといかんかな・・・(遅

Kindleのハイライト機能

最近、よほどのことがない限り、本はKindleで購入するようにしている。

Kindleを使っていて困っていたのは、紙の本であれば比較的容易に気になった箇所を
すぐに開くことができるのだが、それが難しいことだった。

どうすればいいのかな〜とネットを見ていたら、ハイライトがなかなか使えそうだ。

これまでも、ハイライトの機能は使っていたんだけれど、
あくまでマーカーとしてしか使っていなかった。
でも、自分でハイライトした箇所はWebで見ることができることをつい最近しった

Kindle Amazon Your Highlights
https://kindle.amazon.co.jp/your_highlights

さらに、このページから、Windows/MacそれぞれのKindleアプリを呼び出すことができて、
そのハイライト箇所へ飛ぶことができた。

読んでいるときには腑に落ちてハイライトしたつもりでも、後からハイライトだけを見返したときに
前後の文脈をやっぱり確認したい場合はよくあって、ハイライト範囲はいつも迷うんだけど、
これであれば必要なときに確認ができてとてもいい。

MacのKindleアプリはなんだかイマイチなイメージがあってずいぶんと更新していなかったけれど、
久しぶりにアップデートしたらその程度の利用であれば問題はなかった。
うーん、なんで使い物にならないと思ったんだっけ・・・?

いいじゃないか。なかなか。

糖尿病に関して

途中までしか読んでいないけれど、元アナウンサーだかなんだかの人が書いたブログが炎上している。

糖尿病と人工透析。

すでに他界してるが、父が糖尿病で人工透析をしていた。
と言っても、正直言って父の糖尿病がひどくなったのは私が大学に入って、
実家をで後の話なので正直なところ透析が大変だったという印象はない。

母は苦労していたのはよく覚えている

食事の制限に頭を悩ませていたり、最終的には入院してしまった父の看病につきっきりになっていたり。
もちろん、食べることが好きだった父にとって、食事制限は楽しみを奪うようなもので大変だったと思う。
目が見えなくなり、外を出歩くのが好きだった父が家の中から出なくなってしまうというのは、
周りで見ている人も辛いが本人はもっときついものがあっただろう。

今思い返してみると、もう少し、何か親孝行できたのではないかと思ってしまうのは、
やはり勝手な考えなんだろう

糖尿病は遺伝する可能性はある。
ということは、私自身に関してもあまり他人事ではない。
健康診断では結構びくびくしていたりする。

でも、仮に遺伝だとすると、考えたってしょうがないことなのだろう。
そして、そんなことをふと考えてしまったのは、やはり年をとったのだろうなぁ。

30代最後が始まる

先のエントリーでも書きましたが、今日。24日が誕生日ということで、39歳になりました。

ここ最近、少し落ち込むことが立て続いて起きているのでテンションとしてはずっと低空飛行を続けているので、
誕生日と言っても特に何か思うことがあるわけでもなく淡々と過ごしていました。

誕生日だから〜とか、30代最後の年だから〜とか、正直あまり思わないのが現状。
もちろん、来年の今頃は40という大台に乗るわけだけれど、
今の私と来年の私。
何か変わっているだろうか?

変わっていたとしても、それは30代最後だから頑張ったとかじゃないような気もする。
もう、そういうきっかけを探すような年でもないということなんだろう。

それでもやっぱり、誕生日や年の初めなんかにこう言うエントリーを書きたくなるのは、
きっかけというやつは弱い人間にとってとても大事なものなんだろう。

でも、少なくともそんな気分にはなれない。
だから、誕生日とか関係なく、変われる必要があるわけだ。

それとも、来年の私は、結局年をとっただけの私なのか。

いやいや、もっとひどいことになっているかもしれない

人生大変だな

自由をつくる

少し前ではあるけれど、森博嗣さんの「自由をつくる 自在に生きる」を読んだ

 

自由をつくる自在に生きる (集英社新書 520C)
森 博嗣
集英社
売り上げランキング: 76,878

 

森博嗣さんの本は読むのは初めて。
なかなか面白いので、他も少し見てみたいと感じた。

考えてみると、そうか、今日は38歳の最後の日になるわけだ。
明日からは30代最後の年が始まるわけだ。

最近、よく考えるのは、結局自分はどうなりたいのだろうか?という問答だ。
少し前に読んだ、「仕事は楽しいかね?」の一節にこんな話があった

彼らはね、他人を凌駕する人材になろうとしているけど、それを他人と同じような人間になることで達成しようとしているんだ

人と同じことをしていては、成功はできないよって話なのはわかる。
では、自分が他人を凌駕する人材になろうとしているんだろうか?と考えると、正直ピンとこない。

色々と本を読んだり勉強したりしているのは、もちろんエンジニアや社会人としての成長や成功というものを考えていないわけではないけれど、
どうなりたいのか、という目標がない。

役員や社長になりたいのか
大きなカンファレンスで発表するようなエンジニアになりたいのか
誰かに認めてもらいたいのか

本書では、人生の目的は自由の獲得として描かれている。

なるほど。
実際問題、生きていれば色々なものの支配下に置かれる。

支配下にあるというのは、見方によっては楽なものであって、
自由というのはそれはそれはとても甘美な響きではあるけれど、面倒なものだ

自由を求めているのか、ただ単に支配から逃れたいだけなのか

知らず知らずのうちに、自分でこうあるべきと常識に支配されてしまってはいないか

親としての自分。上司としての自分。部下としての自分。
いろいろ考えると、意識していなかった不自由さが露骨に見えてくる

30代最後の年を迎えるにあたって、変に年寄りじみた考えに支配されないように意識していこう